家庭の教育力は信じて見守ること
できるかな。
できなかったらどうしよう。
そんな風に心配になるのが私だと今は、
気づいています。
そういう風に思うのが自分の癖なのだと思う前は、
できなかったらどうしよう。
これが不安になり、
挙句に、怖いと感じるのです。
今はそうでもありまでんが。
時として、
今もなお、
できなかったら、
“いやな自分”がいると感じることがあります。
だからこそ、逃げずにやって来れたのかもしれません。
ですが、
私の中の完璧主義は
厄介な時もあります。
小さいときから、
できるようになる、
母の期待通りになる、
そういう人生を送ってきたのです。
おかげで、今の私があるのですが。
感謝はしていますが
苦しいときもありました。
今もなお
ふと
「できるかな。」と
口走ってしまいます。
微笑みながら、
「また言っている。」と自分に語りかけています。
何でもお母さんの期待に応えようとして、
懸命に頑張る子どもたち。
何でもお母さんの言うとおりにやっていると
本当に、その子の力が発揮できるのでしょうか。
そう問いかけてみました。
お母さんは子どもを信じて、見守っているだけで
子どもは自ら育っていく。
子ども自身に育つ力が備わっている。
そう考えてはどうでしょう。
子どもを信じてみてはどうでしょう。
お母さんの思っている確かな、安全な道は
本当に子どもにとって、
確かな、安全な道かどうかを。
子どもは知恵を絞って、
興味のあることをしたいものです。
面白そうだと思う気持ちは、
子どもの行動を掻き立てるものです。
子どもをよく見ていると、
その子の気質や性格も含めて、
夢中になっていることを
感じ取れるのではないでしょうか。
お母さんの思い通りにいかないから、
子どもはたくましいのです。
そうは思いませんか。